日本一周の旅

戦争関連の施設を見学して、今感じる事。思う事。

【はじめに】

ここ数カ月、リアルタイムではブログを更新しなくなってしまいましたが、今日は今日自分の胸の内にある想いを書き残します。

“戦争”に関しては様々な思いがあると思いますが、あくまでも私が見てきた資料からの情報を元に感じた内容になります。

【見学した戦争関連の施設】

まず私が見学した施設は【沖縄・ひめゆりの塔】【茨城・予科練平和記念館】【広島・原爆ドーム、呉・てつのくじら館(大和ミュージアム)】【長崎・原爆資料館、佐世保・海上自衛隊佐世保史料館】【鹿児島・知覧特攻平和会館、ホテル館富家食堂、鹿屋航空基地史料館】です。
これだけの施設で、何が勉強だ、何を感じただ!と人生の先輩や専門家の方からは叱られそうですが、それでも今の想いを残したい。
つたない文章にはなりますが、お付き合い頂ければと思います。

【“戦争”という言葉は知っているけど…点でしかなかった歴史】

さて、まず私の中で戦争の感じ方に変化が生まれました。
ひめゆりの塔では、ただただ泣きました。茨城・予科練の時にもただただ泣きました。広島原爆ドームでは、気分が悪くならないように精神を保つことに努力しました。大和ミュージアムはちょっとした事情できちんと見学が出来ませんでした。てつのくじら館では、自衛隊の存在意義を見出しました。長崎原爆資料館では、また泣きました。佐世保史料館では呉と同様に、自衛隊の存在意義を感じました。
そしてここ数日で知覧特攻隊の事、神風特攻隊の方の事を見学しています。

自分の中で「戦争」という言葉は知っていました。幼稚園の時に「ひろしまのピカ」という絵本を読んだのがキッカケです。小学校では社会の勉強で日本の戦争の歴史の勉強をしました。近所の大正生まれのおばあちゃんから「大東亜戦争」の話を実の祖父からは「シベリア抑留」の話を結局まともに聞けずじまいでした。

そうです「戦争」という言葉は知っている。そこが問題です。歴史を点と点で覚えているだけで「一次大戦」や「日清戦争」「アヘン戦争」そんな言葉しか知らないのです。
歴史が、線として繋がっていなかったのです。

【繋がった歴史と初めて知った事】

私は知覧特攻隊を知る事で、ようやくその点と点が繋がり始めました。お恥ずかしい話、まだ完全に繋がってはいません。

私は佐世保で初めて知りました。海軍に飛行部隊がいたという事を。
私は知覧で初めて知りました。知覧特攻隊と神風特攻隊の違いを。

まず現代に置き換えて、陸上自衛隊と海上自衛隊、航空自衛隊という組織があるという認識です。
これを歴史に置き換えた時に、まさか陸軍が飛行機の操縦をしていたとは。海軍が飛行機を操縦していたとは思いもしませんでした。

そう、実は、特攻隊が生み出された理由や背景なんかも知りませんでした。
知っていたのは「特攻隊」その隊名くらいなものでした。

【神風特攻隊と知覧特攻隊の違い】

そして有名な「神風特攻隊」は海軍のみが名乗った「神風(ジンプウ)特別攻撃隊」です。
今回訪れた「知覧特攻隊」は頭に隊名や基地名をつけて「知覧特別攻撃隊」と呼ばれていたそうです。
「特攻隊」というと「神風特攻隊」と(歴史に詳しくない私でも)よく聞いていたけど、何で知覧は「神風」と名乗らないのか?「知覧特攻隊」と呼ぶのか?と疑問に思ったのが始まりでした。
そう、海軍と陸軍で「特攻隊名」の呼び方が違ったのです。私は今日、初めて知りました。

【海軍特攻隊と陸軍特攻隊の違いを感じて】

また、海軍と陸軍では海軍の方が先に飛行技術を導入して教育されていたのかなと感じました。
帰宅後調べたら、実際にその通りでした。海軍は1941年に、陸軍は1944年に「特攻隊」という考え・言葉を導入しています。
その理由は、雰囲気です。私の勝手な勘です。というのは半分冗談で…精神論になってしまうかもしれませんが、海軍と陸軍ではとにかく精神論が違うと感じました。

【生きているのは恥だ!と、生き残ったら、生きろ!】

雑な紹介になってしまいますが、陸軍の航空部隊(特攻隊)は最初から死にに行くイメージ。生きて帰ってくるのは恥、という教え。
海軍の航空部隊(特攻隊)は生き残ったら生きろ、というイメージを強く感じました。実際海軍には「特攻だけが戦法ではない」と謳い、夜間攻撃を重点に行う事で部下も多く生き残った部隊もいたとありました。またこの上官は部下に終戦後「乗れる機(戦闘機)でそのまま父母の元へ帰れ」という言葉を残しておられました。
これは陸軍特攻隊の資料には残っていない歴史ではないでしょうか。むしろそういった資料が展示されている施設をご存知の方は教えて下さると嬉しいです。

【“征く”と“行く”の違いの推測】

また、細かい所ではありますが残された遺書の(全てではありませんが)9割、陸軍は「征く」海軍は「行く」を使用している印象を受けました。
もしその印象が事実だったとしての仮説にはなりますが…
辞書を引くと「征く…遠方を目指して進む」「行く…移動する、進む」という言葉の違いを感じます。
陸軍で多用された「征く」は、遠方(帰って来れない、黄泉の国)へ目指して進む事を指しているのではないかと感じました。
海軍で多用された「行く」は、行って帰ってくる前提の言葉を表しているのではないかと感じました。

海軍の特攻隊はそれはそれは最初の頃はブイブイ言わせて、日本の戦闘機ヤベェと海外からも恐れられていたそうですが、陸軍の特攻隊が空を飛ぶ頃には比較的終戦に近く、行ったら戻ってこない前提だったのではないかと…

【行ったら帰って来ない前提の、戦闘機】

ちなみに海軍の神風特攻隊も終戦が近くなった頃には戦闘機の部材もケチり、着陸出来る性能がない戦闘機で特攻していたそうです。

飛び立つ隊員達はちゃんとパラシュートなどの機能を乗せて飛び立ったのか(生き残る前提で)、もう帰って来ない戦闘機だからと手抜きで作られたただのハリボテに爆弾と燃料を積んでいたのではないか、とても心苦しい気持ちを抱いたまま見学していたので、着陸機能がない戦闘機で飛び立った歴史を知った時に涙が出ました。

【才能ある人、有能な若者が大勢亡くなった】

少し後ろにおばちゃまの集団が「こんなに若い息子を行かせられない。私だったら押入れの奥に隠しちゃうわ」「それにしても、みんな若いのに昔の人って達筆ね」とお喋りに花を咲かせていました。

本当にその通りで、どの遺書も達筆です。
しかし、昔の人だから達筆なのではないと思います。
美しい字を書けるような教養がある若者が、大勢亡くなったのではないでしょうか。

展示されている遺書などを極力自力で読むようにしています。しかし全文は読んでいられないので、文頭と「母上」や「人名(妹さんや婚約者の方等)」そして「ご本人のお名前」部分は極力見落とさないように目を通します。

私は「ありがとう」をがっちゃんにも言いますし、友達にも言います。知らない方に気を使って頂いた時も、使います。
しかし「がっちゃん」や「(私の)お母さん、(がっちゃんの)お義母さん」と呼ぶのは、基本は私だけです。

名前、呼び名は特別です。
「紀子さん」は大勢いますが、特攻隊員の“大木くん”にとっての「紀子さん」は、彼女だけなんです。
私は名前はとても大切にしたい物です。なので、今回も過去も極力その気持ちが込められている部分を見落とさないで見る様にしたいのです。

【私の施設でのこだわり】

さて、私は戦争関連の施設を見学した際にはマイルールがあります。
それは、亡くなった方の写真があれば、そのお顔の写真を全員分見るという物です。
「あら、この人イケメン。」なんて単純にイケメン探しの為に見ている訳ではありません。ひめゆりの塔で「あら、この子カワイイ。」なんて目で見ていません。

戦争があった時代、自分でも気付かない内に亡くなった方が大勢いらっしゃるはずです。
なので写真が残されている方くらいは「この時代に生きていた方なんだ」「この人たちがいなかったら、今日本はどうなってたんだろう」「この時の戦争の犠牲があって、今の私達はちゃんと頑張って生きらているのか」と、感謝というか黙祷というか…複雑な気持ちで、私はせっかく見られるんだから、あなた達の事を知りに来ました。とお祈りします。

【自衛隊は必要だと感じている今と、その理由】

お恥ずかしい話ですが…私、自衛隊があるから日本に不穏な空気がながれるのではないかと、特に現在の総理大臣時代になって強く感じておりました。特に憲法九条の見直しとか言い出すもんだから、余計に。

しかし現在の海上自衛隊の活動を知り、素直に自衛隊は日本に必要だと…なんて上からで大変申し訳ないですね。自衛隊の方にとても敬礼した「いつもありがとうございます」と言いたい気持ちでいっぱいです。

なぜならば、世界の戦争の残骸は波に漂って日本に漂着する物も中にはあります。
海上自衛隊はそんな海に浮かぶ爆発物(機雷)を回収されています。また、日本に安全に貿易の品物が入って来るように、海賊船から日本の商船の警護をされています。
簡単に行ってしまえば、海自が護衛をしてくれているから、日本ではバナナやコーヒーやお肉が安全に食べられる、そういう事です。

また陸上自衛隊は日本一周中もよくお見掛けしますが、災害支援の時は自衛隊の方の姿を見るだけで安心したものです。
あの逞しい体と、精神統一された立ち居振る舞い。困ったら頼れる存在があるって、大きいですよね。(陸上自衛隊の勉強不足なので、どこか勉強出来る施設があったら見学させて頂きたいと思っています。)

いつも、日本を守ってくれてくれて、私達が平和にアホみたいに笑って暮らせる日常を守ってくれて、ありがとうございます。

もしご家族、ご友人に自衛官の方がいらっしゃいましたら、この感謝をお伝え頂ければと思います。

【まとめ】

ここまで脈絡なく勢いで書き進めてしまいました。
書き足りない事もありますが、あまり広げ過ぎてもまとまりが効かなくなりますので、今日はこの辺でやめておきます。
もしかしたら後日追記するかもしれません。
今の私の想いを最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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こんにちは、30代嫁&40代夫が、脱サラしてキャンピングカーで日本全国を旅します。 我の強い2人の、日本全国津々浦々巡りを始めるまでの波瀾万丈話と、始めてからのワクドキ情報発信をしていきます。 どうぞよろしくね!
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